私はこのブログを書く時、変なことを言うようですが
「降りてくる」感覚があります。
まずタイトルがふっと浮かび、
そのあとに文章を書き始めます。
書くこと自体は何の苦もなく、
気づいたらサラサラと書き上がってしまいます。
この「降りてくる感覚」
これは直感なのでしょうか。
自分でもよくわからないのですが
とても不思議な感覚です。
直感というと
不吉な予感とか、嫌な感じを想像する人もいるかもしれません。
でも私の場合は、
こんな感じで降りてきます
私はこのブログを書く時、変なことを言うようですが
「降りてくる」感覚があります。
まずタイトルがふっと浮かび、
そのあとに文章を書き始めます。
書くこと自体は何の苦もなく、
気づいたらサラサラと書き上がってしまいます。
この「降りてくる感覚」
これは直感なのでしょうか。
自分でもよくわからないのですが
とても不思議な感覚です。
直感というと
不吉な予感とか、嫌な感じを想像する人もいるかもしれません。
でも私の場合は、
こんな感じで降りてきます
私は時々というか、結構あるあるなんですけども 笑
忘れ物をよくします。
一つこれを持っていくと、
もう一つ持っていかなきゃいけないのに忘れてしまう。
そして後で
「あっ!」となる。
取りに戻れる距離なら取りに帰るけど、
随分先まで進んでしまっていると
もう取りには戻れない。
よっぽど大事なものは取りに帰る。
そうでもなかったら
「まぁいいか」と諦める。
どうしたら忘れ物がなくなるのか。
リマインダーを使えばいいのか。
それとも意識の問題なのか。
悩ましいところである。
まぁ、こうしてまた一つ
人間らしいネタが増えるので
それはそれでいいのかもしれない。
タイトルにも書きましたが
世の中にはお金では買えないものがあります。
それは
人に対する愛情や感情、
人と人との空気感や信頼関係などです。
いくらお金を積んでも
それらを買うことはできません。
では、どうしたらいいのでしょうか。
例えば
相手に振り向いてもらいたいと思っても
お金では買えません。
その人と誠心誠意向き合い
時間をかけて関係を築き、
少しずつ絆を深めていくしかないのだと思います。
また、病気になったときも
お金を積めば必ず治るというものではありません。
こればかりは
神さまが与えた宿命なのかもしれません。
少し宗教っぽくなりましたが
お金があっても買えないものは
この世の中にたくさんあります。
だからこそ
お金では買えないものを
大切にできる人でいたいなと思います。
私は一つのことに向き合っていると
周りがまったく見えなくなる。
集中力があっていいねと言われることもあるが
時間も忘れてしまうほど熱中してしまうので
気づくと「こんなにも時間が経っていたんだ」と
思うことがある。
好きなことに熱中するのはとてもいい。
だけど
苦手なことに熱中してしまった時は
後から「その時間返して」と思うこともある。
同じ熱中でも
向かう先によって
こんなにも気持ちが違うんだなと思う。
だから私は
できるだけ好きなことに
熱中する時間を増やしていきたい。
お金。
生活していく中で、とても大事ですよね。
私は何度も転職をしてきました。
たぶんどこかのブログでも書いたと思います。
でも私は、お金に対してあまり執着がありません。
もちろんお金持ちでもありませんし、
転職も何度もしています。
若い頃は付き合いも多くて
交際費
服代
化粧品代
デオドラント代など
お金はあればあるだけ使っていたと思います。
離婚した時に、それなりのお金をもらいました。
だけど、お金ってなかなか貯まらないものですね。
年齢が上がるにつれて付き合いも減り、
その分少しずつではありますが
貯められるようになりました。
独身で、この金額では正直厳しいなと思うこともあります。
でも
「ない」と思うと本当になくなる気がして
「ある」と思うようにしたら
少しずつですが貯まっていくようになりました。
物価高で大変な世の中ですが
それでも踏ん張って生きていきたいです。笑
私の友人Eちゃん。
私は彼女と出会って衝撃を受けた。
彼女と私は真逆な性格だ。
例えば、私は昔グチグチ考えるタイプだった。
(出会ったのは昨年なので、その頃の私はまだそんな感じだった)
何かあると、ずっと考えてしまう。
「あの時こう言われたのはどういう意味だろう」
「もしかして嫌われたのかな」など。
だけど彼女は違った。
私が悩みを話すと
「なんでそんな風に考えるのかよーわからん」
「人はそこまで考えとらん」
「私、単純やからそんな深く考えん」
と、あっさり言う。
最初は驚いた。
そんな考え方があるんだと。
そして思った。
私も彼女みたいに生きられたら、きっと楽なんだろうなって。
そして今。
気がつけば、私もかなり楽に生きられるようになっていた。
笑うことも増えた。
彼女に出会えたこと。
そしてブログを書くようになったこと。
その両方が、私を少しずつ変えてくれたのだと思う。
私は若い頃、気にしいの性格だったので
何か不満なことがあると、そのことをずーっと引きずっていました。
頭の中で何度も思い返して、
だんだんムカムカしてきて、
同じことをぐるぐる考え続ける。
そのことが解決していないから、
余計にしつこく覚えていたり、
また振り返って思い出したり。
今思うと、
くどいなと思われてもおかしくないくらい
同じことをぐるぐる考えていました。
でも今の私から見ると、
「なんてバカなことを思っていたんだろう」
って思います。
思い出すだけで、
恥ずかしいやら、滑稽やら。
あの頃の私に言いたい。
それ、時間の無駄やで。
ほんま、おバカやなぁって 笑
今はそんなことをぐるぐる考えるより、
自分が楽しくなることや
心が軽くなることを考えた方がいいなと思えるようになりました。
会社の人で、今は配置換えでいなくなった人がいた。
その人が入社した時、私から見たら少し変わった人に見えた。
他の人から見たら普通だったのかもしれないけれど、私にはそう感じた。
どう変わっていたかというと、
普通そんなところに座らないだろうという場所に座っていたり、
人と敬語で話しているところを見たことがなかった。
フランクと言えばフランクなのかもしれない。
でも私から見ると、TPOがない、少し欠けている感じの人だなぁと思っていた。
最初の頃は年も近かったので、気さくに話をしていた。
その時は、彼女の性格をよく知らないまま普通に接していた。
だんだん接するうちに、
人のことを何でも知りたがる人なんだということがわかってきた。
私の仕事の進捗を聞いてきたり、
同僚にも同じように確認したり、
会社のスタッフのことを色々知りたがる。
そういう人なんだなぁと思うようになった。
昨年の私はかなり気にしいな性格だったので、
彼女に対してモヤモヤしても何も言い返せなかった。
でも今年になってブログを書くようになり、
少しずつ私自身も変わってきた。
そして、彼女に対する思いを我慢できなくなった。
面と向かっては言えなかったけれど、
メールなら言えるかもしれないと思い、思い切って自分の気持ちを書いて送った。
すると、私自身とてもスッキリした。
それから彼女は、私の前にあまり現れなくなった。
心理的に彼女は、
幼い頃から今まで、色々な気持ちを未消化のまま
過ごしてきた人なのかもしれないなぁと思った。
人は誰でも、未消化の気持ちを抱えながら生きているのかもしれない。
私は体臭があることを受け入れてはいたけれど
こんな私は認めてはいなかった。
言っていることが矛盾しているようですが
自分でもそう思います。
なんでこんな体なんだろう。
もし体臭がなかったら、違った人生だったのに。
そんなことを何度も考えてきました。
でも最近、ようやく
こんな私も自分なんだなと
認めることができるようになってきました。
たぶん、毎日コツコツと
このブログを書いてきたからだと思います。
書いていくうちに
これも私だし
こういう体臭があったから
ブログを書こうと思ったんだなと
思えるようになってきました。
そして日々
自分が少しずつ変わっていくのを見ていると
「ああ、これも私なんだな」と
認めざるをえないなぁと思うようになりました。
そう思えるようになった今、
少しだけ心が軽くなった気がします。
会社の方とお話していたら、
その方はとても心配性な方だった。
「先のことを考えると不安になるんです」と言う。
その気持ちはよくわかる。
先のことを考えれば考えるほど、不安はどんどん大きくなるものだから。
だから私はこう伝えた。
「将来のことはあまり考えすぎず、
今のこと、目の前のことだけ考えたらいいですよ」と。
確かに、先のことを考えれば不安になる。
だから私は、あまり先のことを考えないようにしている。
今日やること。
今やらなければいけないこと。
ただ、それだけを考える。
テレビのニュースも、
不安をあおるような内容が多い気がする。(私の中では)
だから極力見ないようにしている。
余計な情報を入れすぎると、
必要のない不安まで心に入ってきてしまうからだ。
今のことだけを考える。
それだけで、心はずいぶん軽くなる。
未来は、
今日を積み重ねた先にあるのだから。